大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和52年(わ)830号 判決

裁判所書記官

水谷吉秋

(一)本店所在地

兵庫県明石市本町一丁目八番一六号

法人の名称

吉野屋海産有限会社

代表者住居

兵庫県明石市材木町一三番四号

代表者氏名

川崎久夫

(二)本籍

兵庫県明石市本町一丁目三四一番地

住居

同県同市材木町一三番四号

会社役員

川崎久夫

昭和三年三月五日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件につき当裁判所は検察官石田昌司出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告吉野屋海産有限会社を罰金四〇〇万円、被告人川崎久夫を懲役四月に各処する。

被告人川崎久夫に対し、この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

罪となるべき事実

被告会社吉野屋海産有限会社は、兵庫県明石市本町一丁目八番一六号に本店を置き、鮮魚等の販売業を営むもの、被告人川崎久夫は、同会社の代表取締役として業務全般を統括していたものであるが、被告人川崎久夫は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、自己の妻で同社従業員川崎昌子と共謀のうえ

第一  昭和四八年八月一日から同四九年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額は一、六一四万一、七五八円、これに対する法人税額は五七三万六、四〇〇円であるのにかかわらず、現金売上の一部を除外して仮名及び無記名の定期預金とするなどの不正の方法により所得を秘匿したうえ、同四九年九月二五日同市中崎一丁目六番一六号所在の明石税務署において、同署長に対し、所得金額が一四三万三、六四四円、これに対する法人税額が四〇万一、二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税五三三万五、二〇〇円を免れ

第二  同四九年八月一日から同五〇年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額は二、四九八万七、八一六円、これに対する法人税額は九一五万四、八〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正手段を講じたうえ、同五〇年九月三〇日同税務署において、同署長に対し、所得金額が二一五万六、〇九四円、これに対する法人税額が六〇万三、六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税八五五万一、二〇〇円を免れ

第三  同五〇年八月一日から同五一年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額は二、二八五万九、八一一円、これに対する法人税額は八三〇万三、六〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正手段を講じたうえ、同五一年九月二七日同税務署において、同署長に対し、所得金額が七二万二、二五六円、これに対する法人税額が二〇万二、一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税八一〇万一、五〇〇円を免れ

たものである。

証拠の標目

冒頭の事実

一、川崎久夫作成の「定款」と題する書面

一、登記官作成の会社登記簿謄本

第一の事実

一、大蔵事務官作成の法人税確定申告書謄本(検甲八号の分)

第二の事実

一、大蔵事務官作成の法人税確定申告書謄本(検甲九号の分)

一、片山敏、大塚一清の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、尾下淳及び黒崎正則各作成の確認書

第三の事実

一、大蔵事務官作成の法人税確定申告書謄本(検甲一〇号の分)

一、高松豊美の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、沢一夫の大蔵事務官に対する供述書

一、正木正太郎作成の「取引内容照会に対する回答」と題する書面

第二、 第三の事実

一、検察事務官作成の昭和五二年九月二七日付電話聴取書

一、中浜米一作成の「取引内容照会に対する回答」と題する書面

第一ないし第三の事実

一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書四通

一、森川昭男の大蔵事務官に対する質問てん末書(昭和五二年一月三四日、三月一八日付)

一、川崎昌子の大蔵事務官に対する質問てん末書(昭和五一年一一月二四日付、一二月一〇日付、一二月一六日付、同五二年一月一八日付、一月二八日付、三月一一日付、三月一七日付、三月一八日付、三月二四日付、四月一日付、四月一一日付、五月一一日付)

一、太陽神戸銀行明石支店長小川精一作成の確認書

一、国税査察官吉田進作成の昭和五二年三月一六日付査察官調査書五通(検甲四三号、四五号、六五号、六六号及び六八号の分)

一、国税査察官前橋清二作成の査察官調書(昭和五二年三月二二日付、二月二八日付、三月二四日付)

一、高橋喜美男の大蔵事務官に対する供述書

一、大蔵事務官作成の現金預金有価証券等現在高確認書

一、和田郁哉、廣田聡(二通)、井譯正輔、藤本卓也(二通)、山本孝良(二通)、前川満、鶴喜久(二通)、西尾周郎、泉大、岸本良計、池本俊六、川崎昌子及び藤岡恒治(二通)各作成の確認書

一、丁子幸雄、福原武義、中島義夫、大櫛陸、大西正夫、大黒博司、佐伯博義及び筑紫清次各作成の「取引内容照会に対する回答」と題する書面

一、藤勝作成の「裏書照会に対する回答」と題する書面

一、国税査察官糸見紘夫作成の査察官調査書

全事実

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書(昭和五二年九月二四日付一七枚綴のもの、九月二六日付)

一、川崎昌子の検察官に対する供述調書三通

弁護人の主張に対する判断

(一)  本件各事業年度における仮払税金について

右仮払税金は、被告会社が簿外で銀行預金をしていたその受取利息等について、源泉分離課税を選択していたので、総合課税の税率(一五パーセント)により再計算を行い源泉分離課税による納付額から正当税額(源泉税額一五パーセント)を控除した過納額を仮払金として処理したものであるが、ほ脱犯においては、申告所得と実際所得との差額全部について、その差額がいかなる勘定科目のいかなる脱ろう額によって構成されているかということまでを認識する必要はなく、不正経理によって実際所得よりも過少な申告所得を算出して法人税をほ脱しているとの概括的な認識があれば、ほ脱犯の犯意としては十分であり、所得の算出過程における個々の収益、費用等勘定科目ないし個々の会計的事実については、所得額を算出するための作業ないし手続にすぎず、勘定科目等の個別的事実や金額はそれ自体故意の対象とはならないというべきであるから、本件仮払税金について、被告人に犯意がないとの弁護人の主張は採用できない。

(二)  本件各事業年度における価格変動準備金について

被告会社は昭和五三年五月二六日、明石税務署長から昭和四九年分以降について青色申告承認の取消し決定を受けたのであるが、被告人としてはほ脱行為の結果として後に青色申告の承認を取消されるであろうことは、行為時において当然認識できることであり、その結果本件各事業年度の申告における特典の行使としてなした価格変動準備金の損金算入の処理が否認されるに至ったのであるから、承認取消しによる取消益は犯則額に組入れられることになる(昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決、刑集二八巻六号二九一頁参照。その他昭和四九年一〇月二二日第三小法廷判決、昭和五〇年二月二〇日第一小法廷判決も同旨。)。従って本件価格変動準備金について、被告人に犯意がないとの弁護人の主張も採用できない。

法令の適用

被告会社につき

第一ないし第三の事実 各法人税法一五九条一項、一六四条一項、刑法六〇条

併合罪加重 刑法四五条前段、四八条二項

被告人川崎久夫につき

第一ないし第三の事実 各法人税法一五九条一項、刑法六〇条(いずれも懲役刑選択)

併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い第二の罪の刑に加重)

執行猶予 同法二五条一項

(裁判官 荒石利雄)

○ 昭和五四年(う)第一七三七号

控訴趣意書(昭58・4・28取下げ)

法人税法違反

被告人 吉野屋海産有限会社

代表者 川崎久夫

被告人 川崎久夫

右両名に対する頭書被告事件につき、昭和五四年一〇月一日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、控訴を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五五年一月二五日

弁護人弁護士 大槻龍馬

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認ないしは法令の違反がある。 (刑訴法三八二条)

一 原判決は罪となるべき事実として、

被告会社吉野屋海産有限会社は、兵庫県明石市本町一丁目八番一六号に本店を置き、鮮魚等の販売等を営むもの、被告人川崎久夫は、同会社の代表取締役として業務全般を統轄しているものであるが、被告人川崎久夫は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、自己の妻で同社従業員川崎昌子と共謀のうえ、

第一 昭和四八年八月一日から同四九年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額は一、六一四万一、七五八円、これに対する法人税額は五七三万六、四〇〇円であるのにかかわらず、現金売上の一部を除外して仮名及び無記名の定期預金とするなどの不正の方法により所得を秘匿したうえ、同四九年九月二五日同市中崎一丁目六番一六号所在の明石税務署において、同署長に対し、所得金額が一四三万三、六四四円、これに対する法人税額が四〇万一、二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税五三三万五、二〇〇円を免れ、

第二 同四九年八月一日から同五〇年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額は二、四九八万七、八一六円、これに対する法人税額は九一五万四、八〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正手段を講じたうえ、同五〇年九月三〇日同税務署において、同署長に対し、所得金額が二一五万六、〇九四円これに対する法人税額が六〇万三、六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税八五五万一、二〇〇円を免れ、

第三 同五〇年八月一日から同五一年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額は二、二八五万九、八一一円、これに対する法人税額は八三〇万三、六〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正手段を講じたうえ、同五一年九月二七日同税務署において同署長に対し、所得金額が七二万二、二五六円、これに対する法人税額が二〇万二、一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税八一〇万一、五〇〇円を免れ、

たものである。

との事実を認定した。

原判決は、右事実の認定において、各所得算定の基準となるべき計算方法ならびに各勘定科目の金額を示していないので、判決文自体からこれらを把握して論ずることは不可能であるが、原判決が認定した事実の内容は起訴状記載の公訴事実と同一であるから、一応検察官が、冒頭陳述で明らかにした貸借対照表に依拠したものと考え、以下その前提に立って控訴の理由を明らかにすることとする。

右の前提によれば原判決には次に述べる三点において事実の誤認ないしは法令の違反がある。

二 銀行預金及び仮払税金について

1 原判決は、銀行預金及び仮払税金について次のとおり認定している。

〈省略〉

2 而して右の仮払税金は、被告法人の簿外預金に対する支払利息について所得税の源泉分離課税がなされていたものを、被告法人の受取利息として総合課税の取扱を受くべきものとなし、源泉分離課税の税率よりも低い総合課税の税率を適用して計算をやり直し、その差額をもって被告法人の仮払税金として預金とともに財産増減法における資産勘定に加えるというのが原判決の認定である。右認定方法は、被告法人の簿外預金と、被告人や被告人の家族の預金とが明確に区別をなし得たときは正当である。

しかし、本件では被告法人名、及び被告人ならびにその家族名の預金のほかに、いわゆる仮名預金が多数存在しているが、仮名預金については法人の事業所得から発生したものと、被告人及びその家族の給与所得や株式売買による収入株式配当金等が入り混っていて、仮名預金を口座別に法人の簿外預金とそうでないものとに区別することは不可能である。

このことは、本件では売上除外を正確に把握できないため損益計算法を採用できなかった点からも自明のことがらである。

ところが、査察官としては不可能ということではすますことができなかった。

そこで、調査の最終段階に至って被告人の妻川崎昌子をして無理矢理法人の簿外預金を確認させ、これを計算の根拠としたのが、原判決が証拠として引用する同女の確認書(昭和五二年四月一日付、検察官請求番号六四)である。

3 同女としては簿外預金について厳格に選別できる根拠がないのにこれをしているのは、確認を押しつけられたと認めざるを得ない。

それは、右確認に至るまでの段階における次のような供述内容を比較検討することによって言えるものと考える。

(一) 昭和五一年一一月二四日における供述

偽名定期預金等は、全部が全部会社の売上を抜いて作ったものではなく、私が嫁いで来た時の持参金や主人や私の給料からも出来ていることを申し添えておきます。(検甲一八号、第一四問答)

(二) 昭和五一年一二月一〇日における供述

(イ) 淡路信金/明石の川崎久夫名義普通預金の出金分を日下誠(太陽神戸/明石の仮名普通預金)名義に入金したことがあるかもわかりません。(検甲一九号、第五問答)

(註) 右供述の真実性については、検甲五〇号(淡路信用金庫明石支店長広田総の確認書)と検甲三号(国税査察官吉田進作成の銀行元帳)とを次のとおり比較することによって確認できる。

〈省略〉

(ロ) 証券会社で、父の株を売却した金や、定期の利息で新規の架空名義の定期預金を設立した。(検甲一九号、第六問答)

(三) 昭和五一年一二月一六日における供述

昨年夏頃から父の株を売った代金(大体二〇〇万円位)を太陽神戸/明石の無記名定期預金にしていると思います。

ほかに給料などと蓄めた本名の定期預金等を解約のとき一部無記名定期預金にしたことがあるかもわかりません。(検甲二〇号、第二問答)

(註) 右供述の真実性については、検甲六六号(国税査察官吉田進作成の株式調査表)によって確認できる。

ただ、原審検察官は右の検甲六六号を「銀行預金、貸付金」を立証趣旨としているので、原判決は同立証趣旨の面だけで考察されているかも知れない。

(四) 昭和五二年一月二八日における供述

(イ) 会社の表の支払資金が不足したときに、現金売上を抜いた現金の一部を会社の表の現金回収分などと一緒くたにして会社の当座預金(太陽神戸/明石)に入金したこともある。

(検甲二二号、第五問答)

(ロ) 集金した小切手に現金を加えて端数のない金額として架空名義の印鑑と一諸に外交員に渡して架空名義の定期預金を作ったことが何回かある。(検甲二二号、第六問答)

(五) 昭和五二年三月一八日における供述

本名の定期預金を解約して会社の簿外の普通預金に入金した。(検甲二五号、第四問答)

(註) 右の会社の簿外の普通預金からさらに一部仮名の定期預金が発生している。

4 右のような供述経過後同女は、昭和五二年四月一日「別紙一八葉は昭和五二年三月一七日に査察官調査書類『預金調査表』と『銀行元帳』を私が検討のうえ、確認した吉野屋海産(有)の簿外預金に相違ないことを確認します。」と記載した確認書を作成しているが、これに添付された別紙一八葉は、既に三月一六日、吉田査察官が、預金を法人分と個人分とに分けて作成しておいた「預金等調査表」(検甲六五号)の一部をそのままコピーしたもので、同女が検討のうえ確認したという文言も査察官の原稿を敷き写しにしたものに過ぎない。

同女は、義父にあたる川崎喜代松の看病・死亡・葬儀等で日夜奔命させられているなかで、昭和五一年一二月一〇日から同五二年五月一一日までの間断続的に明石市から大阪国税局へ呼出を受け、質問てん末書の作成だけでも一一回(検甲一九号ないし二九号)に及んでおり、特に同年三月一一日においては義父の初七日の法要が済んだ早々に出頭を命ぜられている状況で、前記確認書は、査察官に押しつけられて作成したもので決して真実の姿を確認したものでないからその内容を全面的に信用することはできない。

5 原判決が、被告法人の簿外預金として認定したものには、勿論被告法人の資金が存することは否定できないところであるが、しかしその中に個人の資金が混在していることも亦否定できないところである。そうだとすると、原判決がそのすべてを被告法人の資産と認定した銀行預金及び仮払税金の金額は誤ったものといわねばならない。

三 貸付金について

1 原判決は貸付金について

原判示第一関係 七、四〇二、八一〇円

原判示第二関係 六、六三八、〇〇二円

原判示第三関係 △五、一一一、六一五円

と認定している。

2 面して右の計算方法は

(イ) 簿外資金を川崎久夫の父、川崎喜代松の個人への貸付金に充てたもの

(ロ) 簿外小切手(公表売掛金の簿外回収分)を、一旦川崎久夫の太陽神戸/明石の普通預金(個人の銀行借入金の返済口座)に入金したうえ、同人の銀行借入金の返済に充てたもの

(ハ) 個人の配当収入金を簿外預金に入金していたもの

(ニ) 株式売却代金を簿外資金に流入していたもの

などの形態として金銭の移動をとらえ、法人の簿外資金が個人に流入したものを代表者に対する貸付金として、個人資産が法人の簿外資金に流入したものは貸付金の一部が返済されたものとして処理しているのである。

ところが、法人の簿外資金というものの中には、前項で述べた銀行預金のように法人分と個人分とが混合していて明確な区別がつけ難いものが存するものである。

3 被告人の妻川崎昌子は「株式を売って直接仮名の定期等にしたものでなく、一時現金を簿外の普通預金に入れた後、何日かして仮名の定期預金等にしたと思います。いまとなってはどのような金がそれであるか判りません。前に述べましたように簿外の個人預金の交流もありますから、そのような預金等については会社と個人の貸し借りとして処理して下さい。」と述べている。(検甲二五号、第五問答)

そうすると、(イ)の「簿外資金を川崎久夫の父川崎喜代松の個人への貸付金に充てたもの」といっても、簿外資金即法人の簿外資金とは言い難く、従ってその金額が直ちに法人の貸付金となるものでもない。

4 又、(ハ)の「個人の配当収入金を簿外預金に入金していたもの」として

原判示第一関係 二一、一九〇円

原判示第二関係 三六、四九八円

原判示第三関係 三五、四〇四円

が計上されているが、右は銀行元帳(検甲四三号)の適要欄(入金先)が空白なもののうち、入金額が二、三十円から一万円ぐらいのものの中から査察官が拾い上げて作った原稿を川崎昌子が清書した「配当金入金明細」(検甲二八号未尾添付)に記載のあるものだけを拾い上げているのである。

右適要欄の空白のもののすべてが解明されているわけでなく、川崎昌子が作成した配当金入金明細は、入金の日時・金額が記載されているだけで、どの株式の配当金なのかも明らかにされていない。従って右の作成作業は徹底したものではなく、(ハ)について脱漏の可能性は十分に存する。

その理由は、検甲八二号(査察官調書、個人の資産負債と収支明細)によれば

原判示第一関係

株式配当 三四六、七五七円

転換社債等利益分配金 三三、〇三六円

原判示第二関係

株式配当 三四七、七三二円

転換社債等利益分配金 二三、八〇八円

原判示第三関係

株式配当 三五一、三三八円

転換社債等利益分配金 一七一、一七八円

が受領されていることが明らかで、前記(ハ)の「個人の配当収入金を簿外預金に入金したもの」として取扱われている。

原判示第一関係 二一、一九〇円

原判示第二関係 三六、四九八円

原判示第三関係 三五、四〇四円

との間に合計一、一九〇、七五七円もの差額が未解明のままとなっているからである。

被告人の妻川崎昌子は、配当金の受領につき、当初、「父が元気な頃は、父の普通預金で、その後は太陽神戸/明石の仮名普通預金で殆ど取立しておりました。しかし現金で取立した場合もありますので、銀行で調べてもらっても全部の配当金について判らないと思います。」と述べていたが(昭和五四年三月一八日付質問てん末書一三問答)その後「配当金の支払通知書で銀行の窓口で直接現金を受取れますが、その受取った現金をまたこの預金に入金するような二度手間なことはしません。ですから私が昭和五三年三月一八日の質問調査(問一三)で述べました配当金の取立ては、この預金で殆ど取立てたと申しましたがこの「配当金入金明細」を見てそのようなことはあまりなかったことがわかりました」と供述を変更している。(昭和五二年四月一一日付質問てん末書四問答)

ところが、太陽神戸銀行は、多数に及ぶ銘柄の全株式について配当金取扱銀行に指定されていたことはなく、取扱銀行でない場合は、窓口で現金受領はできないのであり、又取立銀行でなくても何枚かの配当金受領証を一括して預金口座での取立を依頼することはできるがこの場合には、入金額と個々の配当金額との結びつきを見分けるのは困難であるから、配当金受領証・利札等を個々に調べると、その受領の内容を明確にすることができるのである。

本件では、査察官は、これらを調査する煩を避け、前記のように川崎昌子の供述を変えさせることによってこれを繕ったに過ぎない。

「配当金入金明細」は、川崎昌子が自ら関係資料を検討して作成したものではないことは、前記の「配当金入金明細を見てそのようなことがあまりなかったことがわかりました」という供述によって推測できる。

5 以上述べたとおり、原判決は立証責任に関する規定を無視し審理を尽くさなかったことにより貸付金の金額の認定を誤ったものである。

四 価格変動準備金について

1 原判決は、青色申告承認取消による特典喪失分である価格変動準備金

原判示第一関係 五五七、三〇〇円

原判示第二関係 二八〇、〇〇〇円

△五五七、三〇〇円

原判示第三関係 四五五、〇〇〇円

△二八〇、〇〇〇円

を犯則所得として認定している。

2 しかしながら、右の判断は、法人税法一五九条一項・一二七条一項の解釈適用ならびに、犯罪成立の時点における罪体の把握を誤り、よって判決に影響を及ぼすべき事実誤認をなしたものである。

以下その理由を述べる。

(一) 原判決は、判示第一の事実については、昭和四九年九月二五日をもって、判示第二の事実については、昭和五〇年九月三〇日をもって、判示第三の事実については、昭和五一年九月二七日をもってそれぞれ犯罪が既遂に達したものと認定していながら、右犯罪の中には基幹的ほ脱行為による本来の犯則所得のほかに前記の青色申告承認取消によるいわゆる取消益をも犯則所得としてこれを包含させているのである。

(二) ところが被告法人は、右いずれの犯時よりも後にあたる昭和五二年八月一七日所轄税務署長より、法人税法一二七条一項により、昭和四九年分(昭和四八年八月一日を期首とする事業年度)にさかのぼって青色申告の承認を取消されたので、この時点において、はじめてさかのぼって取消益が発生し、右取消益を対象とする租税債務をあらたに負担するに至ったのである。

(三) いわゆる脱税犯は、租税債権に対する侵害行為であるから、原判示の各犯時においては、いずれもいわゆる取消益は末だ発生せず、右取消益を課税の対象とする租税債権も亦発生していないのであるから、この分の租税債権に対する侵害行為はあり得ないことで、いわゆる脱税犯が成立する余地のないものと解すべきである。

(四) まして法人税法一二七条一項は、青色申告承認の取消は、所轄税務署長の裁量処分に属することを明記しているので、青色申告の承認を受けている者が、法人税法一二七条一項各号該当の行為をなしたとしても、或る者は取消処分を受け、或る者は取消されずにすまされるようなことは当然にあり得ることであるが、このような場合、両者の行為について犯罪の成否が分かれるようなことは到底許されないことである。

ところが原判決の趣旨に従えば、前者については、いわゆる取消益が犯則所得となるが、後者についてはかりに訴追がなされても、基幹的ほ脱行為による本来の犯則所得だけが有罪の対象とされるだけで、取消を仮定していわゆる取消益までも、有罪の対象とすることはできないものと思われる。

(五) それでは、原判決は、法人税法一二七条一項に定める青色申告承認の取消処分は、いわゆる取消益を犯則所得と認定するための訴訟条件という考え方であろうか。思うに右取消処分は、同条同項一号ないし三号に該当する事実が発見された場合、当該時点において、所轄税務署長がその内容の詳細・取消による影響等を広く勘案して、行政上の総合的配慮のもとに取消すべきか否かを決定するものであって、その結果発生するいわゆる取消益を将来刑事手続における犯則所得として処罰を求める目的でなす処分でないことは明らかであるから訴訟条件ということもできまい。

青色申告の承認が、さかのぼって取り消されるということは行政処分としては異例のものであるがこれはいわゆる取消益をさかのぼって犯則所得とするためのものではなくて、通常の行政処分のごとく将来に向って取消すことにすれば、過去の事業年度分については青色としての煩瑣な更正手続をとらなければならないことになるから、青色申告の承認を受け特典を与えられていながら脱税を図るような者に対しては、さかのぼって取消すことによって過去の事業年度についても白色としての簡略な更正手続をとり得ることとし、これに附随して、この間に与えられていた特典をも、さかのぼって喪失せしめるという行政上の懲罰的意義をも有するものと解せられるのである。

従って、この取消の時点において、喪失した特典即ち取消益が課税の対象となり、租税債権が発生するのであるから、それがさかのぼってなされるとしても、脱税の実行行為においては、右取消益に対する租税債権は未だ存在せず、将来発生する可能性があるだけで、必然的に発生すべき性質のものでもなく、刑罰が介入できる事柄ではない。

従っていわゆる取消益に関しては、たとえ将来取消されることもあり得ると思いながら、基幹的ほ脱行為をなしたとしても行為時において法人税法一五九条一項の構成要件を充足するものとはならない。

然るに原判決は、各犯時においていわゆる取消益を犯則所得と認定しているのであるが、これは、各犯行時において存在しない取消益を存在したものと擬制しているものであって、このように罪体の存在を擬制するようなことは到底許されるべきものではない。

(六) 以上の理由により、原判決は、法人税法一五九条一項・一二七条一項の解釈適用ならびに犯罪成立の時点における罪体の把握を誤り、ひいては本来犯則所得に含まれない青色申告承認取消による取消を誤って犯則所得と認定したものであって、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点 原判決の量刑は不当に重い。 (刑訴法三八一条)

一 原判決は、第一点掲記の罪となるべき事実を認定したうえ、被告法人を罰金四〇〇万円に、被告人川崎久夫を懲役四月(一年間執行猶予)に処したが、右のうち被告人川崎久夫に対し懲役刑を選択のうえ処断したことは刑の量定が重きに失する。

以下その理由を述べる。

二 仲卸業者の資格喪失

本件犯行の動機は、昭和四八年、明石市において同市藤江字三ツ池の土地を造成し、明石市地方卸売市場を新設する計画がたてられたので、被告会社はこれに即応して旧店舗を廃し、同市場水産物部の仲卸業者の許可を受けて同市場内に新店舗を設けなければ、父親から受け継いだ家業の鮮魚等販売業を続けることができなくなる見通しとなり、将来における店舗開設の資金の必要と、開設後約二ケ年は赤字経営が続く見込みのため、その間に生ずる欠損に備えて売上除外によって資金の備蓄を企図したものである。

かくて右地方卸売市場は、その後原審公判係属中の昭和五三年五月二六日開設されたが、被告人がかねて危惧していたとおり、旧店補の時代と比較すると被告会社の売上額は約二割方低下し、旧店舗のように被告人個人所有ではなく、賃借店舗であるため余分に賃料を負担することもあって当分赤字経営に耐えていかねばならない状況におかれている。

ところが、昭和五四年一〇月一日、被告人川崎久夫を懲役刑に処した旨の原審判決が新聞に報道されるや、同被告人は、明石市役所の市場担当係員から呼出を受け、法人の業務を執行する役員のうち、禁錮以上の刑に処せられた者、又は法の規定により罰金の刑に処せられた者で、その刑の執行を受けることなくなった日から起算して三年を経過しないものであるときに該当する者があるときは、明石市地方卸売市場業務条例二〇条一項・一七条四項六号の規定により仲卸業者の許可取消となる旨を知らされて驚き、被告人川崎久夫が一時被告会社の業務を執行する役員を辞任し他の者が代行して被告会社の仲卸業者としての資格を維持する方法も考えたが「仲卸しの業務を適確に遂行するのに必要な知識、経験又は資力信用を有しない者であるとき」は、同条例一七条四項五号に該当するものとして、やはり二〇条一項により取消となり、適切な交代者はなくこの方法も行き詰まり、結局本件控訴申立に及んだのである。

被告会社は、第一点掲記の事実誤認の点はしばらくおき原判示どおりとしても、三事業年度の所得の合計額は、六四、三三九、三八五円で、その七三・三パーセントもの高率に達する四七、一五七、二六〇円を法人税・地方税・重加算税等として完納し、折角資格を得た仲卸業者として将来に望みをかけて赤字経営に対し忍従を続けていた矢先、被告会社の代表取締役である川崎久夫が本件により禁錮以上の刑に処せられたためこれが確定するとその資格を失うことになり、被告会社の存続が断たれ、同被告人一家の生活権が脅やかされる破目に陥ってしまったのである。

原判決のうち被告人川崎久夫に対する懲役刑選択による処断は、単なる刑罰としての懲罰以外に、被告会社及び同被告人の一家に対してそれよりも遥かに重大にして苛酷な結果を与えるもので、本件においては右の量刑は不当に重いものといわなければならない。

三 刑罰分野における税法の位置

税法違反が刑事事件として取上げられる場合、一般刑事事件と異った手続がとられるのが原則となっていることは周知のことである。

即ち間接税の違反事件においては、直告発・不履行告発の別はあるとしても、すべて収税官史の告発を訴訟条件としており、捜査官憲の恣意によって刑事訴追をなすことはできないし、直接税の違反事件においては告発を訴訟条件としてはいないものの、捜査官憲が直接認知立件するようなことは極めて稀有であって、殆どの場合間接税の場合と同様、収税官史の調査と告発の手続がとられているのである。

ところが間接税の違反事件においては、限られた課税対象物件の取扱いにかかる事犯であるから、大規模の違反行為が必ず調査対象として浮かび上がってくるのに反し、直接税の違反行為においては、あらゆる事業がその対象となっているために、収税官史の目はこれらのすべてには及び難く、大規模な違反行為が潜在して調査の網からもれるような事例は数え切れないくらい多い。

しかも間接税は、消費者が負担するものを納税義務者が預り消費者に代ってこれを国庫に納入するという性質のものであるが、直接税は、納税義務者が自己の所有に帰した資産の中から、その所得に応じて納入するという性質のものであって、両者の間には納税義務者の不履行に対する非難度に大きな差異が存するのである。

かような観点によるものと思うが、我国においては、終戦までは、直接税の違反事件に対しては、すべて罰金刑をもって処断していたのである。(例えば昭和一五年三月二九日法律第二四号所得税法第八八条は「詐偽其ノ他不正ノ行為ニ依リ所得税ヲホ脱シタル者ハ其ノホ脱シタル税金ノ三倍ニ相当スル罰金又は科料ニ処ス」と定めていた。)

ところが戦後、税法の改正により、租税犯が自然犯視されるようになり、自由刑が創設されるようになって来た。

しかしながら、租税犯特に直税事犯は、純然たる行政犯であって自然犯ではなく、また間税事犯のごとく自然犯的色彩すら存しないのである。

もし我国の現状において、直税事犯を自然犯と同様に評価し、自然犯なみの処罰をなさんとするのであればそれは国民感情に合致したものではない。

原審の弁論において、当弁護人が、査察事件といわゆる特調事件との差による不公平として指摘したとおり基本的に税法事件を刑事事件として取り上げる方法そのものに不公平が存するのであって、収税官史の調査事件処理と、司法警察職員の捜査事件処理(いわゆる二課事件においては、検挙に政治性がからむ場合があるが、このような場合は例外である)とは比較にならないほど強く政治的・行政的配慮がなされていることが忘れられてはならない。

現に査察事件として取り上げられている事件の殆どすべてが、いわゆる中小企業家に限られ、大企業或は著名人の脱税事件は、時に新聞に報ぜられるようなことがあっても、更正決定による本税、加算税の追加徴収が行われただけですまされてしまい、刑事被告人として刑責を追及されるようなことは絶無であるという現実の姿をみると、前記のように不公平の存在は十分に理解できるところである。

(新日鉄の八三億申告もれ……52・6・3付朝日新聞、三菱商事の利益一一〇億円隠す……52・8・4付読売新聞・二億六、〇〇〇万円を追徴、日商岩井一三九万ドル申告漏れ……54・7・13付読売新聞・住友商事が一六億円脱税……54・7・31付読売新聞・日商に重加算税、疑惑がらみ4億円……54・8・9付朝日新聞・福田前首相が申告漏れ、所得税3年間に四、五〇〇万円……54・9・17付朝日新聞・三越四億円申告漏れ……54・12・4朝日新聞・タレント巨額脱税、所得隠し6億5千万円重加算税追徴、衣装代など水増し……55・1・1付朝日新聞・加藤六月代議 申告漏れ、51年分一、三〇〇万円修正に応じる……55・1・20付日本経済新聞 参照)

従来、租税経済事犯の処理・量刑については、捜査官・裁判官によって著しい差が見受けられる。

これは、経済社会の実態に関する認識の大小によるものと考えられるのである。

以上のように、税法違反事件の刑罰分野における位置を深く考察した場合、少くとも我国の現状においてはすべての直税違反事件に対して、あえて懲役刑をもって臨まなければならない理由は存しない。

四 刑事政策的見地からみた租税犯の科刑

前述のごとく、直税ほ脱の行為が、刑事事件としてとりあげられるのは、我国の現状においては殆ど全部が中小企業家と言ってもよいくらいである。

そうしてこれらの人々は、いわゆる丁稚小憎の時代から事業家を夢みて、あらゆる苦難に耐え抜き、漸くその目的を達した人達である。

彼らは自分の経歴の汚れることをおそれ、黙々として努力を重ね、その事業に限りなき愛着をもつとともにこれまで築いて来た豊富な経験によって、経済界思想界の動向を見極め、従業員の身上をよく理解し、そのよき指導者として対処する能力をも持ち合わせている。

いわば我国社会においては、中小企業の経営者によって、安定した思想と経済が保持されているといっても過言ではなく、これが国家の発展の基盤となり、国家の治安の安定勢力ともなっているのである。

当弁護人は、約七〇名の査察事件の弁護を担当して来たが、ふりかえってみてその感を一層深くするものである。

前科前歴の全くないことを誇りとする彼らは、偶々直税のほ脱行為が発覚して調査を受け、その結果十分な反省改悟のもとに、すべての税(重加算税も含む)を完納して、将来の正しい納税を誓い、何とか自己の経歴の汚れることのないよう、折角続けてきた人生の清書を汚すことのないよう真剣な気持に追いやられるのである。

そのような者に対して懲役刑を科するということは、結局その余生から生きる喜びを奪ってしまうことになり、そのことはまさに苛酷な刑といわなければならず、刑事政策の上からみても明らかにマイナスの結果をもたらすものというべきである。

五 その他の情状

1 本件犯行の動機

被告人夫婦は、夜明け前から起床して鮮魚類の仕入販売の業に身を削って働き続けて来たのである。

そうして明石市の企業整備の意図を理解して、これに協力するため、明石市地方卸売市場への店舗移転の準備をなしその後これを実行したものである。

本件犯行は、前述のように右移転資金及び移転後数ケ年の赤字経営を持ちこたえるための資金の蓄積を動機とするもので、被告人夫婦は、自分達の享楽のために脱税を図り、脱漏所得を費消したものではないから、本件調査後直ちに国税・地方税合計四七、一五七、二六〇円にも及ぶ税を完納することができたのである。

もし、被告人夫婦が、脱税による資金を浪費しているような場合には、資産は残らず、従って査察調査の端緒となる簿外資産の発覚もなく査察事件の対象として浮かび上ってくることはなかったかも知れない。

真に悪質な脱税事犯とは、右のようなものであるが、一般刑法犯における取込詐欺の場合には弁償能力のない者が悪質として検挙の対象となるのに比べて、逆の印象を受けるのである。

2 本件犯行の態様

本件犯行手段は、被告人の妻によって行われた単純なる売上除外と除外金の仮名預金等による秘匿であって、それが計画性なく行われたため、時には、法人の支払資金に不足を生じてしまい、仕方なく入金されていない売掛金を入金があったように記帳して売上除外金をバックするという不手際な手段をとっていたのである。

脱税事犯における巧妙悪質な手口とは、例えば取引の相手方と結託して、或は架空仕入や変名による水増し仕入をしたり、売上除外をしたりするものであるが、本件ではそのような事実は全くなく、多忙に追われて売上除外による資金もそれを明確に区分もせず個人資金と混同して保管するという杜撰なものである。

しかも本件におけるほ脱税額は、原判決どおりとしても三ケ年合わせて二一、九八七、四〇〇円という小規模のものであり、特に原判示第一関係では五、三三五、二〇〇円で、これから法人個人の資産混同分などを厳密に算出したものを引くと、或は告発基準に達しないことになるかも知れないのである。

被告人がもし税務処理について関心と知識を持っていたとしたら、

(一) 自己所有建物を被告法人店舗として無償提供するようなことをせず、法人に賃貸してその賃料(被告人の供述によると賃料は一ケ月二〇万円が相当であるから年間二四〇万円となり、三ケ年で七二〇万円となる)を法人の経費として処理し、別途右二四〇万円は被告人の不動産所得とし、建物の減価償却を計算して申告する。

(二) 被告人自宅において法人関係の来客接待用として購入した絨緞・マット・座敷机・花台(訴因第二関係、合計一五五万円)は法人の資産に計上して減価償却を行う。

(三) 法人関係の交際接待費・広告宣伝費については、被告人個人が自腹を切って行うのでなく、認容限度額に達するまでは法人の経費として処理する。

などいわゆる節税の方法を当然にとっていたものと考えられるのであって、専ら働くことしか知らなかった被告人夫婦に同情を禁じ得ないのである。

3 本件犯行後の情状

原審証人岩元辰治及び被告人の供述によれば、被告人は本件査察調査を受けて以来、本件犯行につきいたく反省し自ら進んで査察官から示されたとおりの修正申告をなし、前述のとおり国税及び地方税の合計四七、一五七、二六〇円を完納した。

夜明け前から起きて、身を粉にして働き続けて来た被告人夫婦にとっては、脱税の結果が如何に恐しいことになるかを十二分に知らされたし、本件調査の過程で、実父を失ったことも忘れられない大きな悲劇である。

従って今後、被告人夫婦には再犯のおそれは全くないものと信ずるのである。

4 本件の科刑について

被告人川崎久夫は前科はなく、極めて真面目な事業家として今日まで営々と働き続けて来たのである。

被告人には妻のほか婚期に達している長女と、他家へ嫁いだ次女及び大学在学中の長男がいて、家長としての被告人は、本件につきひたすら罰金刑による御処分を望んでいる。

新日鉄の八三億円、三菱商事の一一〇億円の申告もれが重加算税と過少申告加税の徴収だけで済まされている事実を新聞報道で知らされながら、重刑をもって処罰される弱小企業の経営者の心境を思うとき、かかる矛盾の中から立直りの意気を燃やさせ他のことに目を向けず自己だけは遵法の精神を堅持して行こうとする心構えを与えることは生きた刑事政策であり、それは被告人の満足する量刑によって目的を達することができるのである。

当弁護人が現在までに法人税法違反・所得税法違反を通じて検察官の懲役刑の求刑意見があったのに判決で罰金刑をもって御処断して頂いたものは次のとおりであって、被告人川崎久夫に対して罰金刑を御選択御処断頂いても決して刑の権衡を失するものではないと確信する。

(法人税関係)

〈省略〉

(所得税関係)

〈省略〉

当弁護人はこれらの人々が、その後いずれも判決に感激して事業に精を出し、年々高額の納税をしていることを喜びつつ過去の各弁論で罰金刑による御処断をお願いしたことが誤りでなかったことに満足するものである。

中小企業を営む大部分の人達は、前科前歴もなく、ただ事業の発展と子女の成育、家業の継承を希っているのであって、営々として築いてきた人生の後半に至って懲役刑に処せられることは、かりに執行猶予の恩典を与えられても生涯取りかえしのつかない汚点を残すことになり、子孫に対しても申訳なく感ずるのが実際の心境であって被告人川崎久夫もまたその例外ではない。

まして同被告人には、前記の「仲卸業者の資格喪失」の問題があって、なおさらのことであるから是非共罰金刑の御温情を賜りたくお願いする。

以上の各理由により原判決を破棄し、さらに相当の御裁判を仰ぎたく本件控訴に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例